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マリー・アントワネット

 エキサイトブログの検索人気のキーワードで現在このタイトルがあることに気づき一瞬ひるんだが構わず続ける。
 この映画、世界史に興味がなくても、ベルばらのおかげでこの複雑な人間関係・国際関係にピンポイントで詳しい日本では、絶対あたると思うが、ともかくファッション・インテリア・風景すべて女性が大好きなもの満載である。 しかも実際のベルサイユ宮殿で撮影されたという。
 西洋美術史を勉強したときにも、当然のことながら、建築・庭園・家具・美術全てが洗練されていて関心がいったが、この革命本当に彼女に責任があったのだろうか。という気持ちになった。 結局のところ太陽王ルイが権力の頂点を極め、国家的な規模で技術推進の粋を極め、贅を尽くしたあと、内部的に腐敗化した王体制が、近代国家のどの国の体制もがたどる民主化の波にもっとも早い時点で飲まれてしまったことを上手にあらわしているように思った。政治にも経済にも興味がない、何も知らない若い女の子が、味方のない知らない国にたった一人で嫁いでいったとき、周囲の大人たちに良いように利用されてしまっていく過程を、本人の視点を通して表現していて面白い。 センスを現代的にして、ファンタジックに仕上げているので、細かい時代考証にはかなり「エーッ」と思うものもあったが、本当に綺麗な色の氾濫でとても気持ちが良い。 会話は極力説明的にせず、断片的な切り口をつないでストーリーを運ぶところが、かえって役者の表情や仕草、風景で観客に気持ちを移入させる「ま」を作っていて、挑戦的な手法だと思った。(人によっては、内容がないと考える人もいるが、私にとっては自分の感情移入がしやすく芸術的で良い手法だと思った)。
 



マリー・アントワネットは、リボンひらひらの悪趣味な女性のイメージだが、装飾美術で有名なロンドンの「ヴィクトリア&アルバート美術館」や富豪のタウンハウスだった「ウォーレス・コレクション」に行くと、当時の家具や食器など展示されていて本当に品のある趣味でセンスが良い。学校では、時代的にはもっとあっさりとして、ロココ後期または新古典主義と習ったような気がする。 それより一時代前のルイ14世の愛妾ポンパドール夫人も素敵な趣味だが、こちらの方がもっとヒラヒラのイメージが強くロココ様式といわれる。エッチなブーシェや控えめなシャルダンもポンパドールの時代。
 意外にもパリのルーブル近くの「装飾美術館」には、18世紀のこれといった家具が少ないのだが、ロンドンの方の美術館のコレクションは状態も完成度も高く、日本の漆を使ったり、セーブルの陶磁をはめこんだり、素晴らしい細工のしてある家具を見るのは必見である。 どれもオーストリアの家具職人の作品であり、フランスがまだ芸術でも後進国で必死に他国の文化を吸収して技術水準を高めようとしていたことがわかる。 去年行ったロレーヌのお菓子や食文化をたかめたのもルイ14世の時代に当地の領主になったポーランドの亡命貴族だった。 装飾美術の世界ではベルサイユ宮殿の鏡の間はベネチアから取り寄せたものだし、バカラやサンルイなどのガラス産業を振興したのはナポレオンになってからで、まだクリスタルグラスはフランスではそれほど水準が高くなかったはずである。初めて一人旅をした時、ベルサイユにはRERに乗って行ったことがある。そのときは装飾美術に興味がなかったので、漠然と見てきたが、その後ちょっと詳しくなってロンドンにいるときもう一回行って、必死でグルグルまわった記憶がある。
 ベルばらの時は若すぎて、細かい人間関係を理解できなかったが、当然登場人物の子孫のなかでも現代に続いている家柄もある。 マリー・アントワネットを利用してのし上がったとされる悪名高い「ポリニャック夫人」のポリニャック家というのは、今も華やかな家系として続いているとネットで調べたらでていた。 本人は亡命先のオーストリアで客死したが、革命後息子が王政復古のときに戻ってきて首相になったらしい(その後処刑された)。現在はシャンパンで有名なポメリーは、ポメリー家の娘がポリニャック家に嫁いだこともあり、8代目のポリニャック氏が経営に参加しているらしい。ミシンのシンガー家やモナコのレーニエ公とも親戚関係があるという。
 それにしても、国費を破綻させた原因になったダイヤモンド以上に、アメリカの独立革命に加担しすぎたことが、最後のとどめだったというところが、皮肉な展開。  
 政治や経済にとどまらず、こういう視点で、ファッションの側からも何度でも歴史を見れるのって、女性の特権。ともかく18世紀はフランスにとどまらず面白い時代だと思う。 5年くらい前は、EUの父と言われるクーデンホーフが日本人とのハーフで、母の光子が牛込地区出身だったことを知り(こちらは19世紀の話だが)かなり興味をもって、その辺の本を読んでいたらオーストリア・ハンガリーの歴史に目がいき、そのままハプスブルグ家の歴史に進んでいった。 その結果、どうも東西の交通の要衝に興味がいき、ウィーンからベニチアへのライン、そしてイスタンブールに繋がってくるのだが、日本から見ると遠いヨーロッパと中東との関係は、直感的に今の時代とあまり変わりがないのでは?と漠然と思うのだが今ひとつピンとこない。 誰か17-18世紀当時の全体像がもう少しわかる映画作ってくれないのか。今日はちょっと遠い国の話なので、益々支離滅裂。 そして中途半端な興味の拡散により、私の旅行熱は世界各地に拡散していく。
by agnestokiostudio | 2007-02-03 15:48 | Entertainment
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