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自分とむきあう

重複するかもしれないけれど、大学受験のときに英語の家庭教師をお願いしたM先生は私の人生に影響を与えた最初の人だと思う。もともと内向的で自分に自信がない性格の一方、図書館の本を片っ端から読んでしまうような頭でっかちの子供だった。学校の勉強には身が入らず現実の世界に立ち向かう気持ちが希薄な10代だった。成績も中の下から上をいったりきたり。
しかし、高3になって美大志望から一般受験に切り替えていざ勉強しようとしたときに、まったく何から手を付けて良いのかわからないほど英語の基礎学力が欠けていた。7月にM先生のお宅に通いだしてから先生もびっくりしたのか、中1から高3までの教科書を総復習した。それが約1か月半、そのあとはひたすら問題を解くことになるのだが、5か月間何が何だかわからないまま若い吸収力でなんとか頑張った。
結局、現国が得意だったのと、この英語の猛特訓と世界史の教科書を三回くらい読むことで入れた学校が私の進学先になった。
空想の世界に入っていてもなにもできない。大学以降の私の性格は180℃変わって、ともかく汗をかくこと。取りあえずやってみること。
どんどん世界は開けていったが、社会に出るときにまたつまずいた。まだ均等法以前の女子に対して社会の壁は厚かった。いったん就職するもどんなに頑張っても制度は変えられないことに気付く。
とうとう、新聞広告で27歳のときにスイスユニオン銀行東京支店のトレーニーとして採用される。それから後はまた挫折の連続だったが、途中でイギリスに美術史の勉強に行ったりその間に実家がなくなって、泣く泣くまたアメリカの投資銀行に就職したり。まさにトライアンドエラーの連続。
31歳にして、自分の力でも生活がなんとかできそうなことがわかり頑張って専門職の仕事についた。苦手だった英語もまぁ、普通の日本人よりはOKになったようだった。
世界ははみ出せばはみだすほど広い。自分が思い描いていた世界とは違う世界が拡がっていった。
今、その頃から何十年もたって、よくここまで飛び出してきてしまったな。と思うがよく無事で生きてこれたとも思う。たった30年の間に世の中の考え方も変わって、私のような生き方も普通になってしまった。もっともっと冒険しても良かったのかもしれない。自分で殻を作って小さな世界で生きている人がいることも知った。
沢山のことを吸収してどんどん考え方も自由になった。しかし、そもそもの自分と向き合う時間がもっと必要なときがきた。日本人の古層にある本質とはなんなんだろう。と思う今日この頃。私の中にもあるその深く眠っている何かに刺激されたときに起き上がる何か。
by agnestokiostudio | 2012-10-10 10:24 | Diary
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